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  • 期刊

異文化と出会う日本文学-川端康成『雪国』と芥川龍之介『蜜柑』-

摘要


一九六八年、川端康成がノーベル文学賞を受賞したが、受賞記念講演「美しい日本と私‧序説」で、川端は道元禅師の「春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえて冷すずしかりけり」、明恵上人の「雲を出でて我にともなふ冬の月風や身にしむ雪や冷たき」などをあげて、日本人の心が表現されていると言っている。また、小説『雪国』と同じ越後(新潟県)の僧の良寛の歌「かたみとて何か遺さん春は花山ほとどきす秋はもみじ葉」をあげて、この詩僧の末期まつごの眼には雪国の自然が美しく映ったであろうとも言っている。雪国という言葉が何度も出てくるのは、自分の代表作『雪国』を意識しているからで、「末期の眼」というのは芥川龍之介の言葉から引用したのである。『雪国』は冬の夕暮れの美しさを汽車の窓を通して描いているが、芥川龍之介の『蜜柑』も冬の夕暮れからはじまり、『雪国』とも関わりがある。アメリカで『蜜柑』を講義したとき、アメリカの学生は、神の恩寵として蜜柑をとらえるというキリスト教的理解を示した。これは日本文学が異文化と出会って、新しい読み、新たな魅力が生まれたという一例である。晩年には、イエス、キリストを描き、聖書を胸に置いて自殺した芥川龍之介は、このようなキリスト教的な読みに共感していたと思う。

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一九六八年,川端康成獲得諾貝爾文學獎,在頒獎典禮的演講-「美麗的日本與我‧序」中,以道元禪師的「春花秋月杜鵑夏,冬雪皚皚寒意加」、明惠上人的「冬月隨雲伴我身,寒風徹骨雪亦冷」有名和歌為例,指出這些和歌表現出日本人的內心。又舉出與小說《雪國》同樣場景(越後,今新潟縣)的僧人良寬的和歌「欲做遺物留存者,春花杜鵑秋紅葉」,在這個詩僧臨終時的眼中,也映照出雪國的自然之美。反覆引用「雪國」這個詞彙,乃是其代表作之一即為《雪國》,而「臨終之眼」一詞則是從芥川龍之介的話語引用而來的。《雪國》固然是透過車窗描寫冬天的美麗黃昏,而芥川龍之介的《橘子》也是以冬天的黃昏為背景,因此與《雪國》有關連性。在美國講授《橘子》時,美國學生基於對基督教的理解認為:是因為神的恩寵才得到橘子的。這是日本文學與異文化交會時,透過新的解讀認知,產生新魅力的其中一例。芥川在晚年作品多描寫耶穌、基督教,並將聖經放在胸前自殺,我認為,亦是對基督教有其共鳴之處。

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