和泉式部と帥宮の恋は、兄宮であった故宮の面影をその弟宮である帥宮に見ることから始まったのではないか。二人の恋は、帥宮から送られた橘の花による呼びかけに対し、「聞かばや同じ声やしたると」という和泉式部の返答から始まったものであった。この和泉の返答の言葉には、かつての恋人であった故宮の面影を弟宮である帥宮を求めた女の姿を読み取ることができよう。面影を求める方法はいくつもあると思われるが、まずは、面影を求める手がかりを「声」としたことに注目してみたい。「声」に面影を求めることから始まった恋が進むにつれ、恋を推し進めた故宮の面影は、今の恋における欠如を示すものとなっていったのではなかったか。「和泉式部日記」のなかには、和泉式部と帥宮の間の、二人の愛情の証として繰り返される「手枕の袖」ということばがある。この「手枕の袖」ということばは、「愛情の証」として繰り返されるという理解をされている。手枕とは「ほとんどは男女が共寝して相手を腕に枕させること」であるのだが、「和泉式部日記」のなかの「手枕の袖」とは、男女が物理的には共にいながら、すれ違う部分のある男女の心情を、「手枕の袖」に<涙を流す>という発想によってあらわしているのではないか。そしてそのすれ違いを生んだものは、故宮の「面影」だったのではないだろうか。「手枕の袖」の分析を通し、面影によってすれ違いを感じる男女のやり取りとしての、「手枕の袖」の贈答を読み直してみたい。