平安時代後期の物語『浜松中納言物語』には、様々な次元の「異郷」が組み込まれている。しかし、この作品において最も重要な「異郷」は「異国」である。平安時代の物語としては特異とされる「異国」を主要な舞台とするこの作品のあり方は、それ故に魅力的とされる一方で、その異国描写にとまどいを感じ条件付きでなければ読むことができない、というような評価もなされてきた。おそらくきわめて狭い範囲の、決して「異国」の地を踏むことのない読者を想定して綴られたと思われるこの物語を、作者が想像もしなかったであろう世界の中にいる者(例えば現代の我々)は、どのように読めばよいのであろうか。だが、何らかの意味で「異郷」を持たない読者はいない。そして「異郷」を物語る作品が必然的に孕む問題に、この物語もまた向き合ったはずである。読者と作品の接点を求める手がかりとして、『浜松中納言物語』を取り巻く幾つかの文学作品を取り上げ、その距離感を測りながら、この物語の「異郷」に込められたものを考えて見ることにしたい。