梨木香歩は『西の魔女が死んだ』(1994)で児童文学者としてデビューし、その後、絵本『ペンキや』(2002)、一般文芸『沼地のある森を抜けて』(2005)を著すなど、多面的な活動を続けている。ファンタジーを得意とする作家である。本論で扱う『家守奇譚』(2004)や『裏庭』(1996)、『西の魔女が死んだ』などは、台湾でも翻訳され、一定の評価を得ている。『家守奇譚』は、大作『沼地のある森を抜けて』執筆中に、精神面のバランスを保つ「賄い食」のようなものとして書かれたという。いわば、『沼地の森を抜けて』で前景化した意識を補償する、作者の無意識の部分の表出を試みた作品と言うことができる。無意識といえば、梨木香歩がユング派の臨床心理学者河合隼雄から深い影響を受けたことは夙に知られているが、『家守奇譚』では、意識の深所への関心が、この河合隼雄と留学体験を中継して、おそらく夏目漱石へと向かっている。そしてその関心のありようは〈異郷〉への関心に近い。本論では、『家守奇譚』に現れた夏目漱石を探ることを通して、先行テクストの〈異郷〉性について考えてみたい。