これまでも何度も国会に提案されては廃案になっていた「売春防止法」が、一九五六(昭和三一)年五月二一日に可決した。刑事処分については一年間の猶予期間が設けられた後、一九五八(昭和三三)年の四月一日から完全施行されることになった。この売春防止法の成立によって、娼婦街が大きく変わろうとしている時期の作品を取り上げ、〈異郷としての遊郭〉という観点から、日本の戦後文学・映画において、赤線や娼婦がどのように描かれていたのかを明らかにする。とりわけ注目するのは、芝木好子の連作短編集『洲崎パラダイス』(一九五五年)である。本作は、川島雄三によって『洲崎パラダイス赤信号』(一九五六年)として映画化された。また、溝口健二の遺作『赤線地帯』(一九五六年)は、舞台は吉原に変えられたが、原作のひとつとなっているのも『洲崎パラダイス』である。洲崎の娼婦が登場する三浦哲郎の短編小説「忍ぶ川」(一九六〇年)なども補助線にしながら、戦後、消滅、あるいはアンダーグラウンド化する前後の洲崎の娼婦街の変容の諸相について、活字メディア・視覚メディアの両面から迫りたい。