本論文主要是從深具VUCA特性的現今社會下,以身為教師的我們如何「將永續發展目標的精神跟理念導入自己的教學現場來幫助學生建構或再建構生存於二十一世紀下的素養力」的主軸進行論述。文中闡述在教育現場中導入永續發展目標的必要性,再進一步說明在外語教育課程活動中,「實踐永續發展目標」時,導入「對話力」的重要性。接著分享外語寫作課程中實際教學實踐的例證,最後筆者對於在外語的閱讀或商務課程中,如何藉由「對話力」的教學活動來實踐永續發展目標的課程規劃。
隨著全球化的進一步發展,對跨領域或跨界研究的需求越來越大,即便是客家研究,除了台灣本土之外,也要注意在其他國家或地區的研究現狀和課題,並在此基礎上採取行動,以提升學術研究的質量。本文聚焦在日本的客家研究。利用免費的文本探勘軟體KH Coder,對日本學術期刊最大的查詢入口網《CiNii Articles》,以「客家」為關鍵詞,查詢1948年至2021年6月日本各學科領域的日文期刊及大學紀要中,所收錄之584筆文章標題,進行詞素、歷年變化、學術用語的推移等分析,藉此就日本客家研究的現狀和課題做一些說明和補充。本研究發現:一、伴隨「客家」出現最多的主題是「客家語」、「客家文化」和「客家人」。透過詞語間的共起現象分析則可歸納得到17個客家研究的內容主題。然而,在區域方面仍以台灣、中國為主,分析的主題對象也少見政治學、經濟學或全球比較方面的論題。二、論文篇數呈現增長的趨勢,反映出日本客家學門的逐漸蓬勃發展。而近年(2010年~2021年)在整體內容上也有別於以往,出現「景觀」、「台灣客家文化園區」、「越南」等等之特色詞語。
本稿では、「非仮定的用法」の「と」「たら」を考察対象とし、体験談.目撃談の文章、及び漫画のストーリーを書く課題における2形式の特徴を分析した。その結果、「非仮定的用法」の「と」「たら」の使い分けに文章の文体が大きく関与していることが判明した。また視点の置き方が前節述語に反映されていること、及び文末形式が表現者の視点か「語り」の視点かによって異なることも明らかになった。前述の特徴を説明することにより、「非仮定的用法」の「と」「たら」によるナラティブ展開の仕方及び視点の置き方がより理解できると思われる。
本稿では、文法性判断テストを使い、テアルの習得を検討した。その結果、以下の3点が明らかになった。1.中級学習者は上級学習者に比べて日本語母語話者のテアルの使用分布との隔たりが大きい。また、学習者全体として見ると、テアルの使用は「配置の存在状態」から「形状的変化状態」、「無題化における行為の有効性」、「主題化における行為の有効性」まで順次に母語話者の使用分布との差が開いていった。2.「配置の存在状態」と「形状的変化状態」を表すテアルはラレテイルに、「無題化/主題化における行為の有効性」を表すテアルはテイル、タに置き換えられる。3.テアルの誤用としてテイルの使用が「配置の存在状態」において目立っているが、全体を通して中級学習者によるラレタの使用が最も多く、特に「主題化における行為の有効性」においては際立っている。
本稿は海外移動の影響が日本語教師に与えた変容についてライフストーリー研究の手法で分析、考察したものである。研究対象者は日本語教育歴40年以上の日本人男性教師1名で、インタビューデータから16の語りを抽出した。日本語教育者個人の変容に着目し分析を行った結果、海外を移動するプロセスにおいて、「多文化体験」「恩師との出会いとつながり」「学際的融合体験」「海外のTA経験」「人格的特徴(本質)」の諸要因が後に多大な影響をもたらしたことが明らかとなった。海外留学や勤務先で多言語使用環境の生活経験、異分野学習経験が学際的視点を養い、TA経験からも学習者の多様性を容認する教育者となった。恩師との出会いとつながり、また人格的特徴も大きな変容の要因になるとわかり、教育や研究へも関連していると読み取れる。
2019年末出現的一場疫情,彷彿將人類從世界的主宰打回脆弱的自然受造物形象。在眾聲喧嘩的防疫百相中,我們可以觀察到符合客觀目的性的真假問題彷彿已經退居次位,取而代之的則是符合主觀目的性的個人信仰。同時,有關疫情的資訊量不僅極其龐大,而且還極其分歧,讓權威在資訊複製的時代已然失去靈光。相對於防疫措施在保障「生命」的同時也大大地限制生命力,個人的「生命力」反而更加有血有肉。本文試圖從兩個方面探討疫情當中的個人存在:一方面探討COVID-19對人類社群帶來的影響,另一方面則以德語作家托馬斯曼(Thomas Mann)的名篇小說《魂斷威尼斯來》(Der Tod in Venedig)為例,探索疫情下的個人存在以及生命與生命力之間的弔詭。小說第五章出現的霍亂疫情並不是為了給男主角最後的死亡提出一個合理的解釋,而是為了展現例外狀態與生命力之間的關聯,並且反思生命的本質與活著的意義。