『今昔物語集』震旦部巻十に、若者のいたずらによる天変地異の物語が収録される。この古くから語り継がれてきた陥没伝説を中国、日本、韓国に伝わりつつ、多岐にわたる同類話が形成され、近世に至るまで類似する言い伝えもなお残された。数多くの陥没伝説の中で、『今昔物語集』「嫗毎日見卒堵婆付血語」と『宇治拾遺物語』「唐に卒都婆血つく事」の二話は、構造的に並行したものとなっており、同一系統の作品と指摘されている。しかし、その間に著しい相違点も存在しているため、異なった編集意図に基づいて作られた作品とも考えられる。小稿では『今昔』「嫗毎日見卒堵婆付血語」を中心に、中国、日本、朝鮮の関連作品との対照を通し、『今昔物語集』にのみ存在する要素を取り上げて、その意味を考察し、さらに、震旦部に収録される異国説話との間での編集手法の違いについて、推察をめぐらすことにしたい。
『日本書紀』全書は「漢字」で表記され、漢文の文体、文字の潤飾、中国の典故などが用いられている。漢籍からの影響が『日本書紀』の形成には重要な意義を有しているのが言うまでもない。本稿は、『日本書紀』における漢籍からの影響.受容を考察する作業の一環として、遣唐使から齎された日本古代の「近代化」に密接な関わりのある舒明天皇に焦点を当て、漢籍との関わりを視座とし、『日本書紀』「野明天皇紀」(以下、「舒明紀」と略す)の記述方法を探る試みである。本稿の考察を通して次のようなことが分かる。すなわち、「舒明紀」を大きく見れば、(一)即位の経緯(二)内政と外交(三)天変地異、この三つのパートからなるが、この三つの部分を通じ、東アジアの国際社会へ積極的に進出する、徳のある君主像が描かれ、舒明天皇が励んでいた「小中華思想」も語られ、さらに「天人感応」の思想示唆されているのである。このことからも、「舒明紀」の記述方法は中国の思想、漢籍の表現に深く関わっていることが窺える。
現在の社会は、AI技術の急速な発展によって、さまざまな分野で情報通信技術が生活の中に入り込み、大きな社会変化を生み出そうとしている。今まで日本語教育や日本の人文社会系研究と情報通信技術とは十分な結び付があったわけではないが、今後の社会変化に対応して、今までのカリキュラムに新しい技術やスキルを結び付けていく必要が生まれている。本稿では、さまざまな分野のあるAI技術の中で言語処理に関係したテキストマイニングの技術を日本語に関わる人文社会系研究に結び付ける可能性を論じた。特に、テキストマイニングツールの事例として、樋ロ耕一(2014)が開発を進めているRなどのテキスト.マイニングプログラムを視覚的に処理できる「KHCoder」を中心に紹介する。手順としては、まず、「KHCoder」を紹介する。次に、こうしたツールで得られた結果を言語資料の質的分析に結び付けて、内容の把握を試みる。そして、こうしたツールを活用した、今後の人文社会系研究との結びつきを論じる。このようにして、台湾の日本語教育現場やカリキュラムへのAI技術応用の端緒が生まれてゆけば何よりである。
夏目漱石の作品には様々な外来語が用いられているが、その外来語の表記法もバラエティーに富み、カタカナ表記だけの「ヰスキー」や「マドンナ」、音訳漢字表記の「瓦斯」、仮名ルビ付きの漢字表記「会堂(チャーチ)」「洋燈(らんぷ)」などと多種多様である。本稿では漱石の作品に使われた、複数の表記をもつ外来語を〈ケット〉など10個取り上げ、その表記について考察する。主として当時の辞書の漢字注釈訳語や作品における表記種類の調査を通して、漱石の、複数の表記法をもつ外来語の表記特徴や表記意識などを論じる。本稿の考察により、まず、漱石の外来語の漢字表記については語によって外来語に当てる漢字の表記態度が異なり、当時の一般的な漢字訳語に従ったり独自の漢字表記を使ったりしていることを明らかにした。また、作品に用いられた表記の種類や数から考えるに、複数表記法を有する外来語に対しては漱石が意味と音の両方をともに重視する表記意識をもっていた場合が多いと見受けられた。なお、作品の時期の違いによって観察された表記の特徴からも漱石の言語意識を確認できた。他に、漢字表記とルビなどに対する漱石の繊細な表記配慮も窺われた。
本論はコーパス(NLB:NINJAL-LWP for BCCW)における「名詞+ロ」のコロケーションを研究対象とし、ロと共起する名詞がいくつの類型か、どのように分布するかを調査するとともに、それらの意味用法について明らかにした。調査した結果「名詞+の+ロ」、「名詞+ロ」、「名詞的な+ロ」の3類型があり、それぞれの使用数は390、27、3で、三者間の差異性はかなり大きい。名詞と共起する名詞の数は、人間活動の主体>生産物及び用具>自然物及び自然現象>抽象的関係>人間活動-精神及び行為の順で、「名詞+の+ロ」は「1.2人間活動の主体」に集中していて、「名詞+ロ」は平均的に分布しており、「名詞的な+ロ」は2部門でしか使われていない。「モノのロ、話.話し方、モノの出入り所、固有名詞、落ち着く先、タイプ.種類、味、魚」の8つの意味用法が見られるが、3類型すべてで使用されているのは「モノのロ」「話.話し方」の2つしかない。
台湾の大学の日本語教育では「聞く.話す.読む.書く」という四技能に加え、「訳す」技能も重視され、五技能の習得が言語教育の主眼として行われている。本研究の目的は、五技能の授業を担当する日本語教師に求められる専門能力(以下、五技能別専門能力)を定期的に測定することによって、教師の成長を測る中国語版の自己評価尺度を開発し、その信頼性と妥当性を検討することである。顔(2017)とGan(2018)が作成した「五技能別専門能力尺度」の中国語版原案を用いて、台湾の14大学の台湾人日本語教師206名を対象に質問紙調査を実施し、130名の有効回答が得られた。項目分析の結果、5下位尺度27項目を尺度項目とした。各下位尺度において、クロンバックのα係数は0.68〜0.86であり、内的整合性が確保された。また、外的基準には有意な正の関連が見られ、基準関連妥当性も確認された。以上の検討から、本尺度が信頼性と妥当性を有しており、日本語教師の成長を測定する自己省察ツールとして活用できることが示された。
21世紀における台湾の日本語教育の究極的な目標は台湾と日本の交流人材育成にある。優れた台日交流人材には日本語の聴解力、発話力、読解力、書写力、翻訳力が不可欠であるが、就中、読解力は基本的な能カである。管見では、今まで日本語の五技能訓練の授業では語学的知識が重要視されるが、文化、文学の授業では内容理解が重要視されているように思われる。今後、内容言語統合型教育法(CLIL)の理念を参考に、言語の知識学習と文章の内容理解の両方を統合的に行われる指導法/学習法をすすめたいものである。例えば、司馬遼太郎(1989)「二十一世紀に生きる君たちへ」をテキストマイニングの技術によって調査した結果、単語の出現頻度、重要度のような、目による講読だけでは分かりにくい統計処理の結果を可視化のワードクラウド、単話表で提示すれば、文章における使用語彙の実態が明らかになると思われる。また、共起ネットワークの図形を提示すれば、語彙と語彙の関係が分かるだけではなく、内容理解にも繋がるので読解の学習効果が上がるようになる。また、近くにある単語同士は同じ場所で出てくる傾向が強いという単語の出現傾向を全体的に俯瞰する二次元マップによって語彙の類似関係が分かり、内容理解が深まることが考えられる。本論文では「二十一世紀に生きる君たちへ」を例として、語学の情報処理の量的指導と内容理解の質的指導の両方を統合的に行われる教授法を提案したいものである。