伊勢物語、大和物語あるいは平中物語といった、いわゆる歌物語は、詠歌状況を読者に対して伝えることに主眼が置かれているため、登場人物について作り物語のように、事細かな人物描写がされない。故に、どのような容貌、どのような体つきかは読者自身の中で勝手に想像する自由が許される。その想像する身体がそれぞれの時代の美醜に対する変遷とともに変化するのは当然であろう。さて、平安物語の世界において互いの作品がさまざまな引用関係を構築していることは夙に知られていることである。そこで、源氏物語に細かく描写された人物の身体から、歌物語の登場人物たちの身体について、引用関係を通して想像し、平安当時の人々のイメージする歌物語人物の身体に肉薄することとしたい。本発表では、伊勢物語二段の「かたちよりは心なむまさりたりける」女を、源氏物語に登場する女性たちから照射することによって、より具体的な身体描写を試み、さらに従来、二段の対比構造と目されてきた初段の「女はらから」の身体まで敷衍させ、現代の視点からは想像に難い当時の女性美像を論じることとする。